民主化デモ(2)
その後従兄弟たちとスターフェリーで九龍に渡り、尖沙咀にあるヘ
リテージ1881(水上警察跡地)でアフタヌーンティを注文し優
雅に過ごした。
そこから深圳に住むもうひとりの従兄弟と合流し、夕食は地元で人
気の金山という店に行き、ビールと共に大きな蝦蛄やホタテ、牡蠣、
などの海鮮をたらふく食べて盛り上がった。
次の日は、香港の昔ながらの飲茶を頂こうという事で陸羽茶室で飲
茶をして過ごした。
そして、従兄弟達が香港からそれぞれ帰っていったすぐ後に始まっ
たのである。香港の民主化デモが。
26日夜に香港政府のビル広場に突入した学生達の呼びかけから2日後
の9月28日、オキュパイ セントラルとして宣言された。
最初は学生の集まりだったのだが、5万人が集まり、10万人を超え次
々と大きな波となっていった。
その日は銅鑼湾のSOGO前の幹線道路は、団体の座り込みで占拠され
ていた。警察も数人いるだけである。
何人かが演説していたり、バンドがイマジンを演奏していたり
なにやらまるでお祭り騒ぎのようである。
占拠された道路には物資と書かれた札が立てられていたり、テント
や傘があちこちに置かれている。
気安く警察官の肩を叩いて「大変だな」と笑いかける男もいた。
警察官も苦虫を噛んだような顔をしながら、うなだれていた。疲労
がかなり溜まっている様子だった。
中環(セントラル)から始まったデモも、銅鑼湾、旺角など商業施
設が集中する繁華街の主要道路で座り込みがはじまった。
て、涙をながしながら路上でのた打ち回る学生もいた事は、報道で
知った。
いくつかの小中学校が危険を理由に休校になった。
また幹線道路では路線バスが運休した為か、中環(セントラル)地
区では空気の汚染指数が下がったという、なんとも皮肉な話も聞い
た。そして、10月に入ったある日 デモが行われていない昼間に中
環から金鐘へ続く幹線道路を歩いてみた。
車が入れないように閉鎖されており、人がまばらに歩いている。