落ちない汚れ18

給料が遅れるのは慢性的に事となり、そればかりか、会社に金がな
いから自分の資金を使うサラリーマン。ロスからの運転資金の送金
を待つ為に夜は眠れなくなる。そんな気分が落ち込む日が続いた。
 
辞めるという選択はなかったのか?と言われると、自分一人だから、
辞めてしまったらという責任感が。会社が俺に甘えているとそう感
じていた。
 
「なぁ 会長このところおかしくないか?」
 
日本の本社にいる上の者が、業務連絡時に尋ねてきた。
 
「おかしいって?」
 
「いや、言動がだよ」
 
「そんなの昔からじゃないですか。」
 
「そういうんじゃなくて、んー ほら、辻褄が合わないっていうか
矛盾した事いうというか これは噂なんだが あれ薬やってるんじゃ
ないかって」
 
「そんな事…」
 
果たしてないと言い切れるだろうか?
 
俺と電話でる時はいつも快活だが、あれは躁(そう)の状態なのか?
リップサービスを俺に使ってなんとか会社を辞めさせないようにし
ているのだと思っていたのだが。
 
会社が傾き始め精神的にイライラする。ロスに住んでいて薬は日本
より入手しやすい。言動がおかしくなった。果たしてそんな事だけ
で薬をやっていると考えて良いのだろうか?
 
真面目な企業だろうが、ブラック企業だろうが、倒産する時は色々
と会社に関係を持つ人間を巻き込みながら倒れる。そんな時に企業
のトップにたつ者の人間性がでてしまうものだが、会社内でそんな
噂が立つとは。
 
これが、事実だろうが、そうでなかろうが この経営者の精神は脆
いものだと思った。
 
香港で不動産を借りる際は2年契約が通常だ。借りたら2年間は支
払いはし続けなければならない。大家との交渉次第だが、契約時に
これを1年にする事も可能だ。
 
香港の不動産は日本の不動産と比べるとどこも高く うちも毎月16
~20万円以上支払っていた。
 
この物件の大家はセントラルにある弁護士事務所だった。それも、
ビル丸ごと一棟のオーナーだ。
 
古いビルだったが、中は広く、商業ビルとされているのに 人が住
める為、住居兼事務所ということが可能だった。
 
香港商業ビルでありながら、住宅にもできる、こんないい物件はな
かなかなかった。オフィスである為には、商業ビルの必要があった
からだ。
 
さて、このオフィス兼自宅の契約更新が近づいてくる。
 
しかし、こちらはいつ会社を畳んで日本へ帰るのがおかしくない状
況だ。更新時に2年契約はできない。正直1年契約でも怖いくらいだ。
 
何よりも、俺個人の名義で借りているので、更新した途端 会社が
つぶれたら、俺が1年間家賃を払い続けることになる。相手は弁護士
を何人も抱えている事務所だ。到底許してくれる訳はない。法律と
いう武器を使って俺個人を追い詰めるだろう。
 
この物件を借りる際、会社名義で借りる為にはたくさんの書類が必
要で、個人名義で借りるほうが簡単だったのだ。
 
大家である弁護士事務所から電話がかかってきた。
 
「更新のレターは受け取られましたか?サインして送り返してくだ
さい」と電話口で綺麗な英語で話しかけられる。
 
「いやぁ 少し考えさせて頂けませんか?」
 
「何か不都合でも?」
 
ーこんないい物件でたらもうお終いだ。いったいどうしたら。ー
 
「できれば、できればで結構ですが、毎月1か月ごとの更新はできな
いものでしょうか?」
 
「は?…」
 
電話口で相手が黙った。