落ちない汚れ17

九龍の尖沙咀地区のはずれ、ジョーダン駅近くにある山林道に部屋

を借りた。古い昔ながらの小さなビルだが部屋は広かった。同じフ

ロアには、他、3部屋あったがすべてインド人が住んでいた。

 

化粧品などの商品を置く必要があった為、なるべく広い部屋を、ま

た、商品を仕入れに行かねばならぬので商業地区を選んだ。

 

値段に関しては、当時格安な物件だったが、最後は住民すべてが追

い出されることになる。ビルのオーナーは弁護士事務所であったが、

香港の不動産バブルに中国人に売ってしまい、住人は強制退去。現

在はすっかりリノベーションされて洒落たホテルになっている。

 

事務所を閉鎖し、必要最低限の物と商品である化粧品を新しい部屋

へ持っていった。これからは、すべて一人で仕事を行わなければな

らない。スタッフはもういないのだ。経理だけは平木が一切タッチ

させなかった。クビを切ったスタッフに頭を下げながら教えてもらっ

た。こうしてなんとか一人で仕事をできる環境を作っていったのだっ

た。

 

上司もいない、部下もいない。すべて一人でやるというのは人間関

係に気を使う必要がない。慣れてしまえば快適な環境だった。

 

月末だけは、会計士に経理の書類を出す必要があるので、PCに向か

い面倒な作業を行う必要があったが、後は自分の思い通りになった。

 

給料はかなり減ったが、この仕事量であれば仕方ないなと思えた。

 

昔、この事業を立ち上げた頃に比べたら、PCやシステムのおかげで

だいぶ楽になった。それだけでなく、実際の仕事量も減っていった

のだった。

 

しかし、気楽な人生はそう続かない。

 

ロスから送金される額が減ってきているな、と感じてはいたのだが、

だんだん会社のキャッシュが少なくなっていったのだった。平木は

マネロンの為に法人をいくつか作っていたのだが、そのどれもが現

金が足りない。

 

これまで平木が3回も名前を変えてきた唯一稼働している法人にキャ

ッシュを集めたのだが、時々ロスからの送金が遅れることが問題と

なった。

 

月末になると、自分の給料を後回しにするしか会社をまわしていけ

れなくなって、何度も本社に連絡するのだが、「文句は会長に言っ

てくれ」との返答しか返ってこない。

 

会長はロスに住んでいたので、文句を言うのも夜中に連絡するしか

ない。夜中に電話するも、資金繰りしているから待ってくれと言わ

れれば、こちらは待つしかない。とうとう、夜中は眠れず、事務所

と使っている部屋を熊のようにずーっと歩き回る様になってしまっ

た。

 

金はない、しかし、注文は来る。

 

商品棚にあるのは、なかなか発注がこない不良在庫のみ。

 

日本側に金がないので発送できないというと、お願いだからと本社

の上の者が頭を下げる。仕方ないので、自分の金を使って商品を買

い、発送費も自分の金で送る。

 

という、自分にとって最悪な事をするようになる。

 

たまに、ロスから送金されても、今までに会社に貸し付けていた金

額と相殺されるだけで、会社の金はまったくないのと同じ状況が続

いたのだった。