落ちない汚れ2

「あれ!もしかして拓ちゃん?」

 

以前日本に居た時に出版社で面接を受けた時の事だ。

 

ここの出版社はある不動産会社の系列の会社で、不動産情報誌を出版して

いる。編集長とその横にチーフらしき女性を前にして履歴書を差し出した。

女性は、履歴書に目を通してすぐに僕の顔を覗き込んだ。

 

「覚えてない?私、昔あなたに御飯作ってあげたことあるのよ」

 

就職の面接で年上の女性にそんな事を言われるとは、夢にも思わなかった。

そして、正直 目の前の女性に覚えはなかった。

 

「えー ずっとイタリアに行っていたの?凄いわねえ」

 

この女性はどうやら本気で自分の事を知っているようだが、どうしても思

い出せない。

 

「あのぉ どこでお会いしました?」

 

面接でそんな質問してはいけないと思いつつも、尋ねてみる事にした。

 

「え、覚えてないの?私の事。」と、少し含み笑いをする。

 

なんなんだ、この面接は?日本もバブル崩壊後は変わった面接をするよう

になったのか?と思いつつも、とりあえず、目の前にいる女性が一体だれ

なのか、必死に考えるも答えは思い浮かばない。

 

―この人に飯を作ってもらった?―

 

「降参です。いじわるしないで教えてください。」もはや面接どころでない。

 

「ほら、しんちゃんって覚えてる?家がとんかつ屋さんの」

 

よくよく話を聞いてみると、僕が小学3年の時に中村君という友達の家に

よく遊びに行っていた。確か名前をしんじ君といった。

 

御両親は家から少し離れた所に店を構えてトンカツ屋を営んでいた。だか

ら家には親はあまりいなかった。それで、毎週土曜日になるとしんじ君の

お姉ちゃんとその友達が、僕たちによくご飯を作ってくれていた。話をき

けば、そんな事もあったなと小さい頃の記憶が蘇る。確か同じ小学校の上

級生のお姉ちゃんたちと遊んでもらっていたな....。

 

「あ、そういえば…そんなような事も。」

 

「なつかしいわ、昔よく遊んであげてたじゃない」

 

「はぁ…。」

 

面接官にそんなフランクに話されるとは。

 

「君の知り合いか?」隣で編集長が尋ねる。

 

「ええ、びっくりです。友人の弟の友達で、よく昔遊んであげてました。

この名前を見て間違える訳ありません。」と笑う。

 

「じゃあ まぁ 合格だな いつから来れる?」

 

「いつからでもOKです」

 

「じゃあ 来月頭から出社してくれるか」

 

「はい、分かりました」

 

「もう、合格通知とか面倒なものは送らないからな。ちゃんと出社してき

てくれよ、待ってるからな」

 

「はい、ありがとうございます」

 

編集長との面接は、数分で終わった。

 

「じゃあ拓ちゃん がんばってね」と女性は微笑んだ。

 

「ありがとうございます」僕は笑顔で礼を言うとお辞儀をして部屋を退出

した。そして、当時名古屋の伏見にあった事務所を後にした。

 

さすが、閉鎖的社会の縮図名古屋の会社である。偶然面接官が知り合いだっ

た為に、いともあっさりと合格となった。バブルも崩壊して、なかなか就

職難の時代に試験も、ろくな面接も行われずに、ただ知り合いだったから 

という理由で…。こうして 私は大手不動産情報誌の編集者となったので

ある。