落ちない汚れ10

俺は警察に事情を説明した。俺の怒りを警察に分かってほしかった
のだ。
 
どうして、こいつらは嘘ばかりつくのか?そして金も返さないと言
うのか?
 
そして、ようやく警察が通訳してくれた所によると、昨日デポジッ
トとして渡した金はすぐに店の銀行口座に入金したという。しかし、
この口座の金はこの店のボスでないと卸すことができない。そして、
そのボスは中国に旅行に行っており、数日帰ってこないという。
 
「ブ、ブラジャーは?」
 
「在庫を調べたがないとのことだ」
 
「いや、だって 昨日来た時はあると言っていた」
 
「それは警察には関係のない事だ」と、警察官は冷たく言い放った。
 
そ、それもそうだが。と思うがこんな理不尽な事があるのだろうか?
まだ俺の怒りは収まらない。しかし、警察官と話ながら冷静になる
と、ガヤガヤと声が聞こえる。店の外を見ると人だかりができてい
る。下着屋でなにやら男性が顔を真っ赤にして怒っている。
 
そして、警察官が登場。通行人のほとんどが野次馬となって、変態
がいる。それもなにやら日本人のようだ。と、興味本位の眼で見ら
れていた。小さな店の入り口は、いつの間にか人だかりとなってい
た。
 
「金は数日後また来て受け取ればいいだろ」
 
そういうと、警察官たちはさっさと引き上げていった。俺は変態を
見る眼の中にひとり ぽつんと取り残された。下着屋の店員たちは、
悪びれることなく既に堂々としている。そして、俺は入口に集まる
人々をかき分け ひとりの変態として店を後にした。
 
こいつらは何故昨日、在庫もないのにワンダーブラが有ると言った
のか?それも、俺からデポジットまで奪っておいて。そればかり頭
に疑問が残る。
 
香港で暮らしてみて、後々分かってくるのだが、ショップの店員は
商品のあるなしがすぐに分からない場合、在庫をチェックする前で
も とりあえず、客にたいして「有る」と必ず言う。
 
そして、客を待たせておいて、商品を倉庫へ探しに行きなければ「
ない」と悪びれることなく言うのだそうだ。「有る」と言う事で客
を待たせて繋ぎとめておくことができる。もちろん商品があれば売
る事ができるし、なければないでそれは仕方がない。「わからない
ので探して来ます」では、客が他の店に行かれてしまう可能性が増
えてしまう。少しでも客を繋ぎとめておく機会を得る為に「有る」
というのだそうだ。
 
要は、客の感情などどうでもよく、自分が金が儲かるかどうかの一
点で商売をやっている。ホスピタリティといったものは欠片も見当
たらない営業の仕方がまかり通っているのだ。
 
そんな香港の悪習慣に俺は踊らされてしまったのである。そのせい
で、あわや下着屋で顔を真っ赤にして怒る変態日本人が警官に捕ま
る という事になりかねなかったのである。
 
事務所に帰る足取りは重かった。昨日は、どうして俺はあんなに上
司に向かって得意気にしゃべっていたのだろう。恥ずかしい。
 
下着屋の入口に群がっていた奴らの変態をみる眼より、上司の眼の
方が怖かった。事務所に戻り、ありのままを伝えると上司は「そう
か」とぽつりと一言いっただけで、重く冷たい空気が流れる。
 
そして、「金だけはきっちり取り戻してこい」と言い、後はずーっ
と会話はなかった。
 
とんでもない一日だった。
 
後日金の回収はきっちりとしたものの、しばらくはその下着屋の辺
りは歩くきがしなかった。