落ちない汚れ21

香港撤退となった時、残ったのは私の会社に対する貸付金 約100万
円だった。ロスから送られて来るはずの金が滞り、それでも日本の
受注センターからは、顧客へ商品を送れと指示がくる。

もう、香港の会社には金がないものだから、商品は購入出来ないし、
運送料も出せない。そうなると、お客様から苦情が本社に来るもの
だから、直接本社から私宛に連絡が入る。「頼むから商品をお客へ
送ってくれ」と

しかし、私だってない袖は振れやしない。「ロスに居る会長へ連絡
して 香港に金を送る様に言って下さいよ。事務所兼住居の家賃や、
私自身の給料だってかなり遅れているんですから。」

「分かったから、このお客だけは なっ なっ 」

脅される事はなかったが、懐柔されて、結局手出しとなり、自分の
金を会社に貸付けとなる。

そうして、溜まりに溜まった金額が、約100万円だった。

「残った商品在庫 これ本社へ送らない方が良いんじゃないか?会社
は私に貸し付けた金を返してくれないんじゃないか」と思う。

「お前だけは本当に逃げ出さず 最後まで残ってよく働いてくれた。
退職金も他の誰よりも出すからな。」と

会長からのリップサービスはある。

しかし、信頼は正直ない。裏切られるのだろうと 心の片隅で思って
はいた。

在庫を本社へ送り終わり、事務所も綺麗に片付けると、部屋はガラ
ンとなり、こんなに広かったかな?と今迄 香港に来てやってきた仕
事に対して感傷に耽った。

日本に帰国してみたところで、不況の嵐が吹き荒れる日本 簡単に仕
事が見つかる訳でもない。既に香港に滞在が8年以上越えていたので、
永久居民のビザ(パーマネント ID)は、取得していたので、香港に残
留することも可能だった。

落ちない汚れ20

「お前には悪いが、香港も終わりだ」

 

日本本社の部長から連絡が入った。

 

いつかくる事はとっくに分かっていた。だが、何故だか現実となる

と、ショックは大きかった。

 

本社を辞めた先輩から言われていた。「香港が撤退したからと言っ

て、本社に戻って来るな。もう、この会社に未来はないよ。」

 

グァムを皮切りに、ハワイも全撤退。レストランやブティックまで

あった会社も、すべて無となった。

 

本社からの出向は、自分だけで、すべて現地採用で雇われた日本人

が業務に携わっていたのだが、とっくに見限られて終わっていた。

 

会長の居るロスだけは、撤退とはきいていないが、情報そのものが

香港で一人いる私の所には入って来なかった。まるで、孤島にいる

みたいだった。

 

会社を畳むのに時間はそうかからなかった。事務所兼自宅で、在庫

の商品はすべて本社へ送る。「在庫は悪だ」と思いながら作業をし

ていたものだから、そんなに残らなかったが、会社の愛人だったで

あろう弊社のカタログの素人モデルたちに一時任せた商品買い付け

の時のLip Stick や、イタリアまで行って買い付けてきた売れない

商品だけが、沢山残っていた。

 

特に目ききという訳でないモデル達にイタリア旅行をプレゼント、

 

そんな奴らの通訳兼荷物持ち そして、商品輸送までもが、あれだけ

憧れたイタリアでの俺の仕事だった。

 

イタリアに着くなり、スーツケースがロスト、この国ではよくある

ことだったが、素人モデルさん達は、癇癪を起こしていたのも、思

い出に変わった。911の時もイタリアで買い付けのお手伝いしていた。

 

タクシーの運ちゃんにアメリカで飛行機がビルに突っ込んで、無茶

苦茶な人数が死んだと聞かされたと、一緒に来てた上司に話たら、

馬鹿にされた。

 

その後、TVの電源を入れた上司の口からは、何の詫びの言葉もでな

かったが。

 

法人を潰すには、会計士に詫びを入れ、任せた。

 

さて、これから私はどう生きて行こうかこの間 ずーっと悩んでいた。

分かっていたのだが、後回しにしていた結果だった。

 

落ちない汚れ19

電話口で一瞬相手が息を呑むのを感じた。
 
うわずった口調で思いもかけない事を言われた。
 
「・・・・OK」
 
不動産の更新を一か月ごとにする。なんて滑稽な話だ。
 
しかし、セントラルにある弁護士事務所の回答がOKになるとは、
言ってみるものだった。相手も奇妙な事に少し喜んでいるように思
えた。
 
しかしこれで、会社が香港撤退の辞令がいつ下りても、家賃を払い
続ける事は避けられた。これで大きな悩みのうちのひとつが解消し
たのだった。
 
何日か経ったある日の事。向かいの部屋に住むインド人からこんな
事を言われた。半年後この部屋を退去しなければならない。更新時
に言われた。2年更新ができなかったのだと。
 
「え?どうしてなんだい。何かあったのかい?」
 
「いや、何かあったって、君の所も更新が来たら分かるよ、このビ
ルに住む者全員退去だよ。やれやれ このビルは古いが広くて気に
入っていたというのに 参ったよ。」
 
「いや、実はうちもこの間更新したんだが、ちょっと訳あって、毎
月更新という事にしたんだ。何も聞かされていないんだが。」
 
「一か月毎の更新とは、まあ それであれば大家からすぐに契約解
除されるからな。」
 
半年後には、このビルを追い出される?
 
だから、弁護士事務所が俺の提案を喜んで呑んだのか。
 
後に分かった事なのだが、香港の不動産バブルの影響で、セントラ
ルのこの弁護士事務所は、大陸の金持ち中国人に売りつけたという。
 
弁護士事務所はその時にある一定の期間から住人に契約をさせずに
全員追い出すよう言われたのだろう。香港のビル一棟購入した中国
人は、その後リノベーションをして、洒落たホテルに建て替えたの
だった。
 
2年契約した後に立ち退き料をもらえたかもしれないのに、俺はつく
づく運のない男だ。
 
一か月更新になり喜んだのは、俺より弁護士事務所のほうだった。
 
そして、周りの住人が立ち退く半年後を待たずして香港支社撤退の
連絡がきたのだった。

落ちない汚れ18

給料が遅れるのは慢性的に事となり、そればかりか、会社に金がな
いから自分の資金を使うサラリーマン。ロスからの運転資金の送金
を待つ為に夜は眠れなくなる。そんな気分が落ち込む日が続いた。
 
辞めるという選択はなかったのか?と言われると、自分一人だから、
辞めてしまったらという責任感が。会社が俺に甘えているとそう感
じていた。
 
「なぁ 会長このところおかしくないか?」
 
日本の本社にいる上の者が、業務連絡時に尋ねてきた。
 
「おかしいって?」
 
「いや、言動がだよ」
 
「そんなの昔からじゃないですか。」
 
「そういうんじゃなくて、んー ほら、辻褄が合わないっていうか
矛盾した事いうというか これは噂なんだが あれ薬やってるんじゃ
ないかって」
 
「そんな事…」
 
果たしてないと言い切れるだろうか?
 
俺と電話でる時はいつも快活だが、あれは躁(そう)の状態なのか?
リップサービスを俺に使ってなんとか会社を辞めさせないようにし
ているのだと思っていたのだが。
 
会社が傾き始め精神的にイライラする。ロスに住んでいて薬は日本
より入手しやすい。言動がおかしくなった。果たしてそんな事だけ
で薬をやっていると考えて良いのだろうか?
 
真面目な企業だろうが、ブラック企業だろうが、倒産する時は色々
と会社に関係を持つ人間を巻き込みながら倒れる。そんな時に企業
のトップにたつ者の人間性がでてしまうものだが、会社内でそんな
噂が立つとは。
 
これが、事実だろうが、そうでなかろうが この経営者の精神は脆
いものだと思った。
 
香港で不動産を借りる際は2年契約が通常だ。借りたら2年間は支
払いはし続けなければならない。大家との交渉次第だが、契約時に
これを1年にする事も可能だ。
 
香港の不動産は日本の不動産と比べるとどこも高く うちも毎月16
~20万円以上支払っていた。
 
この物件の大家はセントラルにある弁護士事務所だった。それも、
ビル丸ごと一棟のオーナーだ。
 
古いビルだったが、中は広く、商業ビルとされているのに 人が住
める為、住居兼事務所ということが可能だった。
 
香港商業ビルでありながら、住宅にもできる、こんないい物件はな
かなかなかった。オフィスである為には、商業ビルの必要があった
からだ。
 
さて、このオフィス兼自宅の契約更新が近づいてくる。
 
しかし、こちらはいつ会社を畳んで日本へ帰るのがおかしくない状
況だ。更新時に2年契約はできない。正直1年契約でも怖いくらいだ。
 
何よりも、俺個人の名義で借りているので、更新した途端 会社が
つぶれたら、俺が1年間家賃を払い続けることになる。相手は弁護士
を何人も抱えている事務所だ。到底許してくれる訳はない。法律と
いう武器を使って俺個人を追い詰めるだろう。
 
この物件を借りる際、会社名義で借りる為にはたくさんの書類が必
要で、個人名義で借りるほうが簡単だったのだ。
 
大家である弁護士事務所から電話がかかってきた。
 
「更新のレターは受け取られましたか?サインして送り返してくだ
さい」と電話口で綺麗な英語で話しかけられる。
 
「いやぁ 少し考えさせて頂けませんか?」
 
「何か不都合でも?」
 
ーこんないい物件でたらもうお終いだ。いったいどうしたら。ー
 
「できれば、できればで結構ですが、毎月1か月ごとの更新はできな
いものでしょうか?」
 
「は?…」
 
電話口で相手が黙った。

 

落ちない汚れ17

九龍の尖沙咀地区のはずれ、ジョーダン駅近くにある山林道に部屋

を借りた。古い昔ながらの小さなビルだが部屋は広かった。同じフ

ロアには、他、3部屋あったがすべてインド人が住んでいた。

 

化粧品などの商品を置く必要があった為、なるべく広い部屋を、ま

た、商品を仕入れに行かねばならぬので商業地区を選んだ。

 

値段に関しては、当時格安な物件だったが、最後は住民すべてが追

い出されることになる。ビルのオーナーは弁護士事務所であったが、

香港の不動産バブルに中国人に売ってしまい、住人は強制退去。現

在はすっかりリノベーションされて洒落たホテルになっている。

 

事務所を閉鎖し、必要最低限の物と商品である化粧品を新しい部屋

へ持っていった。これからは、すべて一人で仕事を行わなければな

らない。スタッフはもういないのだ。経理だけは平木が一切タッチ

させなかった。クビを切ったスタッフに頭を下げながら教えてもらっ

た。こうしてなんとか一人で仕事をできる環境を作っていったのだっ

た。

 

上司もいない、部下もいない。すべて一人でやるというのは人間関

係に気を使う必要がない。慣れてしまえば快適な環境だった。

 

月末だけは、会計士に経理の書類を出す必要があるので、PCに向か

い面倒な作業を行う必要があったが、後は自分の思い通りになった。

 

給料はかなり減ったが、この仕事量であれば仕方ないなと思えた。

 

昔、この事業を立ち上げた頃に比べたら、PCやシステムのおかげで

だいぶ楽になった。それだけでなく、実際の仕事量も減っていった

のだった。

 

しかし、気楽な人生はそう続かない。

 

ロスから送金される額が減ってきているな、と感じてはいたのだが、

だんだん会社のキャッシュが少なくなっていったのだった。平木は

マネロンの為に法人をいくつか作っていたのだが、そのどれもが現

金が足りない。

 

これまで平木が3回も名前を変えてきた唯一稼働している法人にキャ

ッシュを集めたのだが、時々ロスからの送金が遅れることが問題と

なった。

 

月末になると、自分の給料を後回しにするしか会社をまわしていけ

れなくなって、何度も本社に連絡するのだが、「文句は会長に言っ

てくれ」との返答しか返ってこない。

 

会長はロスに住んでいたので、文句を言うのも夜中に連絡するしか

ない。夜中に電話するも、資金繰りしているから待ってくれと言わ

れれば、こちらは待つしかない。とうとう、夜中は眠れず、事務所

と使っている部屋を熊のようにずーっと歩き回る様になってしまっ

た。

 

金はない、しかし、注文は来る。

 

商品棚にあるのは、なかなか発注がこない不良在庫のみ。

 

日本側に金がないので発送できないというと、お願いだからと本社

の上の者が頭を下げる。仕方ないので、自分の金を使って商品を買

い、発送費も自分の金で送る。

 

という、自分にとって最悪な事をするようになる。

 

たまに、ロスから送金されても、今までに会社に貸し付けていた金

額と相殺されるだけで、会社の金はまったくないのと同じ状況が続

いたのだった。

 

落ちない汚れ16

まったくもって馬鹿げた話だった。このところ平木がよく日本に出

張に行くなと思っていたのだが、それは香港から日本本社へ現金を

運んでいたのだった。

 

いったいどうして?と、思うのだが、よく考えもせずに香港へ金を

送金するものだから、送り過ぎて本社に金が足らなくなるといった

事態が起こっていたのだ。まったく稚拙なやりかたをしたものだ。

 

そして、それは日本の空港にて簡単に捕まる。

 

そんな中、日本の本社でも税務署からの追及が会長に何度もいって

いた。会長は何度もロスへ逃げるも、税務署からの呼び出しを応じ

なければ会社は存続できない。なので、日本へ帰国しては厳しい税

務署からの質問に応じるしかなかった。

 

以前、税務署所長を務めていて、引退した人物を接待漬けにしてい

たこともあった。しかし、それは何も効力を発揮しなかった。

 

追徴課税を払い会社はボロボロとなり、電話営業も新しい法律によっ

て辞める事になったと本社に勤める同僚からきいた。そして、会社

からどんどん人が辞めていく。

 

まるで、沈没しかかった船からねずみが逃げるように会社から社員

がいなくなる。

 

本社から時折届く情報は、あいつも辞めた、こいつも辞めたといっ

た話ばかりだった。また、本社ばかりではなく、グアム、ハワイの

スタッフも退職者が続出した。

 

最終的にグアム、ハワイ、ロスと支社は閉じられた。

 

そして、当然ここ香港も平木が逃げ出すかのように退職することに

なった。理由は年齢によるものとか言っているが、当然会社が傾き、

月100万ももらっていた給料がもらえなくなったからだ。

 

本社から平木の動向はどうだ?とこっそり私に質問の連絡がたびた

び入る。内輪もめが、かなり悪化してきている。

 

もちろん、今後本社から新しい上司が来るわけはない。とうとう私

が香港支社の社長となる。もちろん誰もなりてがいないからだ。と

うとう、平木が香港から逃げた。そして会長から私へと直接連絡が

はいる。

 

「申し訳ないが、パートで雇っている人達のクビをすべて切ってく

れそれと、事務所をたたんで、業務はお前の家で続けてほしい。代

理店との契約があるから、業務は続行しなければならないのだ」

 

ひとりですべての業務を続けなければならない。それも給料はかな

り減る。私は沈没しかかった船からどこへも逃げ出すこともできな

い小さな鼠だった。

 

落ちない汚れ15

一体なぜ日本本社と私がまったく関わりのなくさせたのか疑問が残

る。

 

平木が、日本本社と関わりをなくしたかったのは、私個人だけでな

く、香港支社そのものであった。

 

今まで日本の企業の支社として存在していたものを、急に関わりを

なくしてみても、足跡は残ってしまう事を考えなかったことが、後

の平木の敗因となるのだが、稚拙な裏工作だった。

 

平木の目的はずばりそのもの マネーロンダリングであった。

 

日本の本社が電話営業でしこたま儲けた金を香港に流す為に雇われ

たのが、平木だった。会長をうまくまるめこんで、入社して香港に

やってきたのだった。

 

平木のやり方はこうだ。日本と香港の関係を本社・支社とせず、まっ

たく別の会社とし、取引をさせる。

 

取引の業務としては、なんでも良いのだが、例えば日本から通販の

チラシ業務を請け負い、日本に発送する。とか、電話営業で使って

いた旅行業務主任のテキストを香港側で印刷発送。すでに印刷され

ていたテキストまでも、わざわざ日本から送らせて、再度送り返す。

 

物を送らない方法としては、アイディア料などの名目で、いかにも

特許を取得しているかのように見せ、日本本社から金を香港に送金

させ、香港側が受け取り、その金をプールさせておくという方法だっ

た。

 

その為には、香港支社の会社名を次々と変えていった。

 

また、最初の上司と繋がりのあった香港人をいいくるめ、事務所を

もたない名前だけの会社のダイレクターとし給料をしはらった。

 

香港は名義貸しでダイレクターを雇う事を合法としている。この法

律を悪用したのだ。

 

もちろん、その会社に本社と取引をしているように見せかけ、日本

からお金を振り込ませていた。

 

推測ではあるが、最初は会長も平木を雇ってよかったと思ったのだ

ろう。その証拠に当時 ハワイやグアムばかりで、香港には時々し

か来なかった会長が 急に何度も香港に来ては平木のじいさんを「

ヨイショ」していた。

 

その時、私は何故 日本本社と縁を切られ、日本で頂いていた給料

が一切なくなり、国民保健や年金が支払われなくなったことだけを

嘆き、それには、こんな裏があった事を一切知らされずに ただ黙

々と働いていた。